自分の為の活動を目標にするより、相手の為の活動を目標にすべき理由

大阪市カフェスイーツマニアのふらん(@furafran)です。

ご訪問いただきありがとうございます。

たまにはテイスト変えてみました。

以前からですが、最近は自分のやりたい事が形に出来る方法だったり、場所が増えています。

会社員しながら副業感覚で好きな事で少し稼いだり趣味をしたり。

移動の生産性がないので、場所にとらわれず働ける仕事をする方。

他人に同調するのに疲れて自由気ままに動きたい方。

自分の夢を語り巻き込んで達成していく方。

前向きな活動をされている方が増えている様に思うので、良い事だと思います。

時々、人様に迷惑をかけていて自分は何もせずと生きていたり

洗脳に近い形で搾取されている方を見たりします。

不安を煽って自分が得をするのは興味がないので、

きちんとした事を発信して自分も得をしていきたいと思います。

自分が楽しむことが大事だと思っていた時

大学2回生ぐらいの時。

どれも一生懸命になれず中途半端で『楽しい事がないか』を外部に求めていました。

段々と周りから人が離れていったように感じ、何がしたいか分からず

空虚な日々を過ごしていました。

ある時、同じ年齢の人で『自分は今、とても楽しい。それをシェアしたい。

イキイキするきっかけを届けたい』という活動をしている方と出会いました。

その頃から『自分の人生は自分で決めて、何がわくわくするか』を追い求めるようになりました。

周りに影響を与えるためには、まずは自分が影響を持たないと、と。

自分が楽しそうに過ごしている、やたらポジティブな発言をするキラキラ状態

一部の人からは『すごいよな、自分はええかな』

その一部の人も何をしていいかよくわからない。

とにかく何でもいいからやってみてそれが合えば楽しい事。

自分も変われたからといって他人が変わる訳はありませんでした。

ワクワクしたのを広げたかったのに、逆にやる気を消沈させているのかと。

自分だけが楽しかったら、それでいいのかと。

意識不明になり気付けば病院のベッドの上

自分の事故ですが、とある時に初めて意識不明というのを経験しました。

二日酔いで一時記憶喪失というものではなく、

『あ、生きている』という感覚でした。

その事故自体で運が良かったのか、ほぼ何事もなく元通りの生活に復活できました。

突然脳に障害が出るのじゃないかとも思いましたが、今の所ぴんぴんしています。

『運が悪く後遺症が残ったりする人もいる中で、自分は何事もなかった』

生かされている事に気付き、何かを成し遂げるべきだと自分で決めました。

でも、その時はその何かが分からず。

ずっと会社員はしないだろうな、ぐらいで終わっていました。

よくある『起業したい』『いつ、何を?』『いつかは分からないけど、世界中回って

色んな価値観に触れたい』的な。

起業するにしても自分の力なんかで本当にやれるのか?

そもそも会社員自体まともにやれるのか?

当時は使命感なんてなくて、責任感しかなかったと思います。

追い込んでもがいて、結果を出していくと重みが出てくる

会社にいた時も、しばらくはお荷物状態。

上層部の方からも『大丈夫か』と思われていたそう。

日常は楽しいし、会社も嫌じゃないけど

結果の1つも出せない。

色々言われて『何で必要以上に言われるのか。自分の為を思ってだと思うけど、

やる気もなくなるわ』

そんな状態がしばらく続き、ある時会社としてもどうしようもなく、手を焼いている顧客との出会い。

会社の動きはとても遅く、現場の人間も決裁権がないパターンでは持ち帰る事もしばしば。

とにかく注文が多く、決定権がないもどかしさ。

休みもほぼない中、ひたすら向き合う。

初めて言われた一言。

『休みはいつ?』

ああ、自分の振る舞いが変われば人が変わる場合もあるのかと。

何か嫌な気分になったりした時に、言える場所がなかっただけかと。

影響できないことばかりに意識や行動を振り向けていると、ネガティブな思考回路に陥ってしまったり、

今すべきことに意識が向きにくかったりするために、具体的な行動を起こすことが減ってしまい、

徐々に自分が影響を及ぼす範囲がせまくなってしまいます。つまり、影響の輪が小さくなってしまいます。

主体的な人はエネルギーを影響の輪の中にあることに集中することができるために、

なんらかの結果を出すことができます。そして、その結果によって、問題が改善したり、

目標に向かって前進したりすることができるために、少しずつ、

影響を及ぼす範囲が広くなっていきます。つまり、影響の輪が大きくなっていきます。

引用元:フランクリンプランナー

哲学や自己啓発系の本は数を読めばいいという訳ではないので

1番好きな7つの習慣より。

何で、自分が今この行動をしているのか。

何で、やりたい事を形にしたいのか。

 

当たり前の話ですが、今の季節は暑い。

冷たい飲み物を飲みたい時はいくらかのお金を支払えば飲める。

サービスや人に何かをして頂くには対価が必要。

私も現在は自営なので誰かが支払ってくれる対価で、生活が成り立つ。

しかし、今でも決して忘れはしない出来事が起きました。

対価を支払わなくても良い世界と出会う

JR環状線『芦原橋』駅徒歩2分のイベント・レンタルスペースソルトバレー。

何かをしたい時に、場所が必要なケースも多いですよね。

平日1時間あたり、最低1500円かかる中

条件付きで毎週木曜日、当時やってみたかった炭酸屋さんを

場所代無償でさせて頂いていました。

商売というよりは好きな事ができるという感覚でした。

ただ会社を辞めたばかりの当時

〇何もない、これからどうなるか分からない

〇同じ場所にとどまるのが苦手

いつ辞めるかもわからない中、私にやる?と言ってくれました。

何かするなら対価が必要、対価を支払うのが当たり前と感じていたので、

当時は本当にいいのか?と思っていました。

しかも、全くの無名の場所で皆で盛り上げようというパターンではなく

イベント・レンタルスペースでは名前の知られている所。

よく言われていたのは

『人のやる事にやいやい言うだけの人もいる中、実際にやっている』

『これからちゃんと一国一城の主として準備して活動している』

言うだけの人はいくらでもいる。

しかし、リスクを背負ったり周りに何と言われてもやる人はやる。

その時、こんな嬉しい事をして頂いたので、

運良くこんな事ができているのだから自分も誰かにして差し上げるのが良いと思いました。

そして、自分なりの形でこれから旗を背負って活動していく人に何かできないかなと。

場所にとらわれず働きたかった自分には我慢を強いて、まずは何年か構えようと思いました。

種まきをしておくと、花が咲く

因果関係があるかは不明ですが、困った人がいる時・自分に余裕がある時は

使いたいと思った金額を使うのが良いです。

たいそうな事じゃなくても、例えば自分の好きな人と一緒にご飯が食べられる。

普段からお世話になっている。

ごちそうだ、と言ってご飯を奢るぐらいは経験ある方も多いのではないでしょうか。

その昔、友達が売上あと○万で全国1位だったので

土壇場でその金額分購入したり。

クラウドファンディングで10万の権利が最高金額だったので

そこに投資したり。

前職では全国の成績1位の経験もありますが、

一回勝ちパターンをつかめると何故か負けにくい

本当に売上全国1位を達成した友達はもう全国の売上上位常連。

表題にある『種まきをしておくと、花が咲く』というのは

自分にとっても相手にとっても。

結果が出ないうちはいつ出るか分からず

何の為にやっているのかも見失う時もあります。

もがいて時には悔し涙を流して

諦めずにやり続けた人だけが最終的に花が咲くのかと思います。

これから芽が出るかもしれない人にお金を使う、あの感覚がとても楽しかったので

今はその感覚をまた味わいたいと思います。

10,000人いたら100人はやる、1人だけが続ける割合を増やす

決して簡単にはいかない今の選択。

いつ死ぬか分からないなら。

いつ倒れるか分からないなら。

いつ自分の思うように生きる事が出来なくなるなら。

人に迷惑をかけない限り、やりたい時にやるのが一番です。

ライスワークとライフワーク、分けた方が良いという考え方もあります。

誰しも好きな事だけやって生きていける訳ではありません。

情報もたくさんあり、地方にいけば生活コストも下げられる。

生きていくのに本当に必要なお金はいくらなのか。

大金持ちになる事が幸せ?

有名になる事が幸せ?

達成した時、次は何になれたら幸せなのでしょう。

そう考えた時に、自分の為の活動だけでは終わりが来てしまうのではないか。

今の世の中、やりたい事がやりやすくなっている。

商売もよりスモールな方法で始める事が可能となりました。

間借り営業、週末起業、レンタルスペースを借りて営業。

これだけ方法があるのにやらない人が多い。

 

テレビの芸能系の話題とか一切興味ない私からすると

一体いつまで同じ話題を拾って、別の人から見たコメントみたいな事流しているねんと。

人が失敗した時にころっと寝返って皆で一斉でダメ人間扱い。

いちいち反応して記事みていても何の生産性もないのに。

本質をちゃんと見極めた人はいちいち二度も三度も見ない。

~もこう言っている。自分の意見と一緒とか思って安心しているのか。

人の意見ばかりで、自分の意見はどこにいったの?

確かに自分だけの意見で突き進むのは良くない場合もあるけれど

一体誰の為の人生?

 

僕はそんな事に時間を使うほど暇じゃないので、

自分はこうだという生き様を見せて、誰か1人でもプラスの方向に影響を与えられるようにしたい。

今挑戦している事は『自分がやったら失敗するかもしれない』という事。

 

飲食系の括りになりますが、

料理が得意。美味しいお菓子が作れる。美味しいコーヒーを淹れられる。

そんな動機で始める人が多い。

それで2~3年で閉店するのも多く、飲食業も厳しいと言われています。

原価かかりますし。

せっかく舞台に上がったのに、やっぱり難しいよなと。

それだったら、全くの未経験がやったらどうなのか?

普通に考えたらまあ失敗するよねと。

料理が得意ではない、カフェやコーヒー店で長く働いた経験もない。

前職も全然違う業種。

できそうな人がやって失敗したら難しいのかと思われてしまうけど、

できそうにない人がやって失敗しなかったら

『自分でもやれるかもしれない』と、勇気を与えられるかもしれない。

普通にこけたら、あいつじゃ無理だと言われる。

せっかく応援してくれている人にも申し訳ない。

根本の気合、気持ちや使命感。

何で、お店やろうと思ったのか?

今はメインの方法はCafe&Gallary兼Dog cafeを通じて

誰もが挑戦しやすい環境を整える事。

そして、いつか自分がちゃんとやれるようになったら

今度は新しく物事を始めたい人の背中を押したいと思える人が増えたらなと。

何もしないのに安全な所から「やっても無駄」なんて言わせない為に、馬鹿にされない為に。

都合の良い時や調子の良い時だけ連絡してきたり近づいてきたりして

ダメになったらあっさり去ってしまう。

自分がダメになった時、何人が助けてくれるか。

自分が亡くなった時、目の前でどんな情景が広がっていてどんな事を言われたいか。

何もない自分を信じてくれた人間を、得させるか裏切るか。

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