最長28時間勤務!?以前のすき家で1年間働いた結果、メンタルが異常に強くなった3つの話

大阪市カフェスイーツマニアのふらん(@furafran)です。

ご訪問いただきありがとうございます。

店舗を構えて、常連の方も少しずつ増えてきました。有難い話です。

同時に、体力勝負だと感じていて体調を崩さない事には注意しています。

仲が良くなると、込み入った話もしますが

アルバイト話になり、そういえばと。

私は大学2回生の時に1年間ゼンショーの牛丼チェーン店『すき家』でアルバイトをしていました。

この時のアルバイトはもはやネタ。

あまりに度が過ぎているのはネット上で取り上げられたりしていますが

→ すき家のワンオペ問題①

→  すき家のヘルプ制度の実態

→ すき家で倒れた従業員まとめ記事

私が当時の話をかいつまんで話すと、あまりに驚かれたので

こちらでも備忘録がてら書いておきます。大丈夫かなこれ。

ケース①夜中のシフトの人がこない、飛んだのか騙されたのかは不明話

すき家というのは、ヘルプ制度があります。今もなお健在かと思われます。

当時アルバイトで、とある店舗Aで働くという事で契約を結びます。

メイン勤務は自店です。

しかし、自店で人が足りていて他店で人員が不足すると

他店のヘルプに行く事が多々あります。

1か月近く自店のシフトに入らないという事もありました。

初めての他店に行く時はどこに何があるのかをまず把握しないといけません。

ヘルプに行った時に自店の方がいるとまだマシですが、

他店のヘルプで集ったすき家もあります。

『すみません、紅ショウガの補充袋どこにありますか?』

『それが、別の店舗から来ていてどこにあるか分かりません』

こういうのもあるある。

店舗によってしっかり管理されている所、最低限の事しかしていない所の差は激しい。

そんな中、ヘルプに行く時はこんな事を言われます。大体電話。

『18~23、~店のヘルプに行ってくれない?』

あるいは『~店の深夜、誰もいないんよ。入ってくれないかな?』

当時は日常茶飯事。

2回目のアルバイトだったので、結構衝撃を受けました。

当然学校がある中で働くので、『深夜は無理です』で断っていました。

次の日何もない長期休暇の時や次の日が休日の時はたまに入っていました。

睡眠>>>>>超えられない壁>>>>仕事の私には酷な話。

ある時の事。

『18~翌朝9時まで誰もいないんよ。入れない?』

『22時までなら大丈夫ですけど、朝までは無理です』

『朝まで頼むよー』

『無理です、23時が限界です』

というやり取りをして一旦終わってから

『23時半から人が来るから、それまでは何とかお願い』

この事件があった時は入って数か月ぐらいの時の話。

しぶしぶ承諾をします。終電で帰れるか帰れないかの瀬戸際。

もちろん、次の日は学校。

本当に人が来てくれるのか、23時半。

そ し て 誰 も こ な か っ た 。 

ああ、これははめられたのかなと。

 

こんな状態だったので『何だこの会社』と当時は強く思いました。

今ネットで出ているのなんて、氷山の一角。

他店のヘルプに行った時に上の用紙が貼られていました。

店名も誰かの氏名も書いていないギリギリ?当時何故か撮影して残っていた1枚。

夜中に来られた方は10分待っていたんですね。

入り口に急遽閉店の張り紙を貼っていたのか分かりませんが

きっと、奥の見えない所で寝てしまっていたのでしょう。

ちなみに、深夜に入店して誰も出てこない時は当時意外とありました。

ベルスター鳴らして奥から人が出てくるパターンもあります。

2011年当時は夜中ワンオペは当たり前だったので、ストライキに近い事もあるあると。

 

「夜中に入ってくれない?」の電話が、シフトに入っていない

夜の時間に急に言われたりします。

段々と私も電話が鳴るのすら嫌で夕方以降電話に出なかったり

あるいは電源を落とした日もありました。

責任感が強すぎる人が、倒れるまで働いたりしていたのかも知れません。

ケース②誰もいない深夜に入り続け、そのまま28時間勤務!?

これはあり得ない様で本当にあった話です。

ケース①のように、夜中に人が来るはずで誰も来ないので

そのまま入り続ける事になり、私は奇跡の28時間勤務が最長です。

人間死ぬ気でやれば出来る、迷信です。足が意味の分からない痛みを訴えていました。

14時とか15時の人が少ない時間帯は睡魔がすごいすごい。

土曜の夜に入ったはずなのに、帰る時は月曜日。

日曜日はどこに行ってしまわれたのでしょうか。

しかも仮眠すら取っていません。

何でまたこの画像だけ残っていたんやろか。

夜中は仕込みの仕事がある程度あります。ワンオペは当たり前ですが

誰か来ると手がとまります。夜が大荒れであればあるほど、夜中の仕事はなかなか終わりません。

業務日報というのが存在していて、誰がシフトに入っていたのか

客数を書くとかあるのですが『ずっと私やね』の日がありました。

←←←ふらん→→→みたいな。

これは良いのか本部よと思いつつ、無で働いていました。

ケース③日曜日の昼ピーク、適正が3人なのにワンオペ事件!?

もう忘れもしないあの日。

ヘルプ制度があるので、他の店舗で人が足りていないと

そちらに人員が回されます。

また、業務日報の中の人員に対する利益率的な数字があり

それが高いと優秀な店舗。

従業員の仕事の能力みたいな感じです。

エリアマネージャーがその数字を良くしたい為に、わざと人員を振り分けたりする事もありました。

そんな仕組みなので、勝手に鍛えられる環境ではありました。

例えば昼売り上げ5万ペースのお店に対し、適正が3人だとしてもシフトで2人。

必然的に忙しくなるので、何とかお店を回す事に必死。

アルバイトの中では『2人で~万回せた』みたいな謎の自己満が出来ました。

そんな事が日常茶飯事なので、ある意味オペレーションの能力は高くなりました。

丁寧にお出し出来ていたかというと、そこは首を傾けますが。

 

そして、ある日2人シフトで私と別の方。

別の方、連絡がつかず来ないまま昼ピーク突入。

これは終了のお知らせ。

すき家は注文を聞く人員、会計をする人員も必要です。

2019年現在もまだ変わっていませんね。

調理はしないといけない、注文を聞きにいかないといけない、

会計をしないといけない、片づけをしないといけない。

荒れるに荒れる。

皿を洗っている暇もないので、とりあえずどけて席だけは座れるようにしたり。

気付けば1時間で60杯出したのは今も覚えています。

牛丼だけじゃないですからね。牛丼だけならどれほど楽か。

すき家なのに15分待ちだろうという(肌感覚)自体になり

入店しようとしてきた方に対して『15分はかかりますけど、宜しいでしょうか』と叫んでいました。

帰られた方も多数。

同情の視線を浴び、他の食べたかったのかなと思いつつ

『牛丼並』の注文をして下さった方も。

その時は誰にも怒られなかったです。

『遅すぎるわ』の声も飛んできそうでしたが。

昼1時半ぐらいになり誰もいなくなった店舗。

皿洗いの量と炊飯、肉や各種仕込みの量。

いつ来たか覚えていませんが、寝坊でのこのこと後から現れ呆れて何も言いませんでした。

『サボるなとは思わないけど、タイミングはあるやろ』と。

 

すき家で頑張り続ける意味が分からなくなる

そして、3回生になる直前の区切りですき家のアルバイトを辞めました。

『これは持たない』

すき家でアルバイトをしていた時は車の免許を取るための費用を稼ぐ為。

当時の銀行の残高はもう扶養が外れないギリギリの水準で働いていた為

学生の割に潤っていました(°Д°)

学生の時に一番お金持っていた時期でした。

訳の分からない連勤、シフトで学校の授業に支障がギリギリ出ていない

学校とアルバイトだけの月もありました。

選択肢は山ほどあります。

今も『仕事が忙しくて』という理由で現状が変わらないけど

どうしていいか分からなくそのままという方、多数いらっしゃいます。

一旦手放してみて、本当にそれが必要なのかというのも大切だと感じました。

『当時はしんどい思いで恨んだ事もあったけど、過ぎ去ってしまえば良い経験できた』

 

という考えを持つようにしています。

間違っても、責任感で自分を追い込んで倒れるまで働くとかするのは辞めましょう。

私はうまい事、今はもう無理やと思ったときは電話に出ないとかで逃げていましたので。

 

いかがでしたでしょうか。

この記事が、何かの参考になれば幸いです。

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