話題のレターポットと、昨日「は」ありがとうと昨日「も」ありがとうの使い分けをする理由

カフェ・スイーツブロガーのふらん(@furafran)です。

ご訪問いただきありがとうございます!

このブログでは、大阪市内のみに店舗を構えるカフェだったりスイーツをひたすら記事にしています。

今回は1か月に1回程度ある、ただの日記みたいな記事です。

アウトプットの時期とインプットの時期は半月周期で変わるそうですが

今回は関係なくアウトプットします。

 

さて、2018年も早い事で2月に入りました。

最近私の中でホットなレターポット。

登録ユーザーも4万人を超えたそう。

恩送りのサービス、レターポット

そういえば私、レターポットをしているのですが

このスイーツブログを見ただけなのにレターポットでお礼の言葉を受け取りました。(°Д°)

このお礼の言葉の「文字数」でまた別の人に送りたい言葉を伝える事が出来るサービス。

「文字数」が足りなければクレジットカード決済で「文字数」を購入します。

嘘っぽい「ありがとう」もたまに聞きますが、本心じゃない言葉にお金は使わないと思われる。

今後、これを悪用した詐欺なんかが出ないといいけど。

受け取ったからにはもっとより良い記事を書けるように、コツコツと励みます!

→ レターポットとは?

 

レターポットについては、上記のリンクで

驚くほどきれいにまとめられています!

使う理由なんて、単に良いなと思ったから。それだけです。

文章に助けられる事もある。人から直接言われた言葉に助けられる事もある。

「ええこというやん!」と思う瞬間ってあると思います。

今後もレターポットは使う予定です。

ちなみに、こんなに長文の言葉を頂いた時も。有難い。

レターポットについては以上です!短い!

 

 

話は変わり去年11月ぐらいの話ですが、最近よく会っている友人のメールアドレスで

「Kannsya09…」という様な感じで始まっていました。

理由があって、これを入れて複合したアドレスを使っているみたいです。

この記事を読んでいる人は、どう読みますか?

大学の友人の一言に、感銘を受けた

大学卒業後、配属により地方で勤める事になった友人。

私は、年々付き合う人が変わってきている。

今でも大学時代の友人で、付き合いがあるうちの一人。

一度、行ったことがあるが

近くにドラッグストアはあるもののそれ以外は無く

スーパーも10分ぐらい車を走らせないとない場所。

そんな友人が、こんな報告をしてきた。

 

「サイゼリヤに行きたくて、20kmぐらい走らせて

ミラノ風ドリアを食べられた」

 

私はすぐ都会に出られる場所に住んでいるので

何気ない事の様に思えたが、その報告はとても幸せそうだった。

 

高価なものをもっていないと幸せじゃない。学生の時みたいに自由じゃないと幸せじゃない。

お金があろうがなかろうが、考え方や感受性、自分で幸せってコントロール出来るんじゃないか。

その為に、どういう時に幸せと感じるか。幸せと感じるためにどういう行動をしていくか。

 

嬉しい時・助けてもらった時・お礼を言いたい時の言葉

「ありがとう」という言葉。これは不変ない言葉と思う。

 

遊びに行った日とか、デートした日とか

助けてもらった日の翌日。

「昨日はありがとう」とよく使うかも知れない。

この言葉を送ってくる人は律儀な人だと思う。

ここで最近まとまった線引き。

私は2回目以降なら「昨日もありがとう」と言いたい。

この2回目というのは先述の通り

遊びに行ったでもいいし、デートでもいいし

助けてもらった時など。

私は「昨日も」という「も」と言われるだけで嬉しく感じる。

 

例えば1月10日に会いました。

1月11日に「昨日はありがとう!」と言われる。

次に1月25日に会いました。

1月26日に「昨日はありがとう!」と言われる。

だいぶ律儀な人だと思うけど、

1月26日に「昨日もありがとう!」と言われると

「普段から思ってくれているのか?考えてくれているのか?」

こう思う人も一定数いるんじゃないかなと。

理屈的には「昨日も」だと

1月25日の前日にあたる1月24日も会っている気がしますが。

最終的には自分の戒めです。

この様などうでもいいレベルの事に、少しずつこだわっていきたい所存。

決して偉くない

私もいつしか謙虚さを忘れてしまうかも知れないので、自戒として書きます。

これはある本の好きな話のエピソードです。

フィクションでも何でもいい。

――――大学時代の友人と2人で会社を興す。

会社を立ち上げてから50人ぐらいの会社になった時に。

自分に厳しい社長さんは他人にも同じ水準を求めました。

時間の使い方・できる思考を徹底しているが故に

部下が一生懸命作った資料も問答無用でやり直しをさせる。

それが期限が迫っていて難しくても、「できない理由探しをやめて、どうすればいいか」を貫く。

その友人が忠告するもいつの間にか自分が偉くなってしまって、労いの言葉もなかった。

友人は会社を去った。

ある時、案件が頓挫してしまい資金繰りに苦しむ。

事務所の家賃代が支払えなくなる事態に。

知人から金を借りつつ、会社創業時の友人にもお願いをするも断られる。

そんなワンマン社長なので、助けてもらえなかった。

期限も残り1日で、消費者金融に借りる?一度でも不渡りを出すのか?

どうするかとなった時に

小学校時代の著名人となった友人が突然現れた。

「事情は調べさせてもらった。お金を貸しにきた」

社長さんが「どうして・・・?」と言うと

その友人は「返しにきた」。

小学校時代にいじめられていて誰からも相手にされなかったのに

その社長さんは身体を張って助けた。

不登校になってからも勉強に付き合ったり遊んだりした。

それが嬉しかった。

「いいのか・・・?」という社長さんに対し

友人は「今何かを感じているなら、それは当時の僕も同じだった。

才能は、人の繋がりで開花する。このまま君に終わってほしくない」

最後は泣き崩れるシーンで終わっていますが

泣き崩れた社長さんは、対等に人に優しくする事を決めたと思われる。

自分の幸せに気付く

明石家さんまさんの名言「生きてるだけで丸儲け」

→ この言葉の由来らしいまとめ記事はこちら!

恥ずかしい話ですが、昔事故で意識を失った事があって

救急車に運ばれた事もありました。

顔から血も出して、頭も打っていたようです。

それでも、傷跡だけで後遺症すらなくピンピンしています。

その時に動いてくれた友人・通りかかったバイクの人・

救急車の運転をする人・救急隊員など。

一つの出来事に対しても、これだけの人が関わって時間を使ってくれる。

その時に助けてくれたので、他の困っている人を助ける。

健康であり続けるように努めること。

身体が資本なので、マイナスになるような負担は出来る限り背負わない。

そう考えられると、出来る限り人の時間を無駄に奪う行為はしたくないですよね。

約束は守る。時間は守る。

小学生の時に出来た事が大人になって守られない。

例えば、よく聞くのが

会議の時間の開始時間は守るのに、終わる時間は守られない。何故かと。

そこまで重要でもないケースが多いからこんな意見が出てくるのでしょう。

「時間を使ってくれてありがとう」とまでは遜る必要もないとは思いますが

それぐらいの心意気は持ち続けたいという自戒です。

使い分けるのは、感謝を忘れない為

手短にお礼を伝えられる「ありがとう」という言葉。

感謝の気持ちを表すのに、誰しも使っていると思います。

言葉自体は照れ臭いかもしれないけど、特に不快になる人はいないのではないでしょうか。

「昨日はありがとう」と言える人は尊敬します。

慣れてくると、なかなか言えなかったりするので。

私は「昨日もありがとう」を言いたいです。

レターポットの小見出しの所で、メールアドレスの事を少し書きましたが

書くまでもなく「Kannsya」=「感謝」です。

ただの思考の整理も兼ねた日記ですが

この記事が誰かの参考になれば幸いです。

参考になったら、シェアして下さい!

google analytics

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください